2011年05月15日

三味線?さんしん?なんて呼べばいいの?

動画で「わけがわからないよ」とコメントがたくさんあったので補足。

沖縄の、「例のあの楽器」を、


「三線」と漢字で書いた場合⇒サンシンと読みます。アクセントはサン↑シン↓。ダイソンと同じ。
※おそらく沖縄で「サンセン」と読む機会はまず無いです。

「三味線」と漢字で書いた場合⇒シャミセンと読めば無難ではないでしょうか。



え、三味線って書くの?⇒『琉歌百控』の、歌三線の始まりを歌った琉歌に以下のようなものがあります。

<歌と三味線の むかし初や 犬子音上がりの 神の美作>

これは尚真王時代(1500年頃)のオモロ歌唱の名人であったとされるアカインコのことを讃えた琉歌です。このアカインコこそ歌三線の始まりだと言っています。『琉歌百控』とは最古の琉歌集で、書写年代は1795年から1802年にかけてとされています。
また、舞踊『汀間当』の歌詞にも「三味線」として出ています(読みはサミシナ)。八重山民謡『潮招蟹節(ヤグジャーマブシ)』の歌詞にも「三味線」として出てきます(読みはサミシン)。また、有名なところでは、昭和の新民謡である『豊年音頭』には「三味(シャミ)」で出てきます。




三線とは書かないの?⇒寛政2年(1790年)に江戸の蘭学者森島中良(ちゅうりょう)によって書かれた『琉球談(ばなし)』の中では、

徂徠先生の琉球聘使記に云三線歌は琉曲也云々其歌に曰はく、
けうの(稀有なり)ほこらしやや(奢なり)なほれかな(猶これ有哉なり)たてろ(彩色の具なり)つぼてあるはなの(莟みてある花のなり)つゆまやごと(露を帯たるがごとしなり)


のように、「三線」として書かれているみたいです。ちなみにこの琉歌は「かぎやで風節」や「仲節」の本歌となっているものの解釈でしょう。誤解されているのがおもしろいです。




このように、琉球では「三味線」、江戸では「三線」という表記だったというのは、興味深いですね。




サンシンとシャミセンって使い分けてるの?⇒しいていえば、コッテコテのウチナーグチを使っている会話の最中で、初めてサンシンと普通に言っている気がします。わざわざサンシンだけ取り出して、僕との会話の中に混ぜては来ない感じです。標準語での会話ではシャミセンと言う機会の方が多いです。


なんでシャミセンっていうの?⇒国語で三味線(シャミセン)という方がメジャーだからかと。


ジャミセン(蛇味線)とかジャヒセン(蛇皮線)ってのは?⇒うちの母方は大隅の人なんですが、日本の三味線と区別するとき、そういってます。沖縄の人はまずジャミセン・ジャヒセンとは言いません。奄美の、上の世代の方は言うそうです。



つまり、

三線って書いてあったらサンシンと読む

会話だったらシャミセンっていう

が妥当じゃないでしょうか。


といっても上記太字は今の上の世代との会話に当てはまるもので、最近の若い人たちは普通に三線(サンシン)と言っています。
ラベル:三線 三味線 沖縄
posted by 530(ゴサマル) at 11:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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